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夏物語第3話『初戦』

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夏の大会の初戦は独特の緊張感があって、平常心を失い、持っている力を出す事ができずに敗れるチームも多いが、西城陽・南條浩一監督は、莵道、西城陽での約20年間の監督歴で夏の初戦敗退は僅かに3度だけとあって、初戦といえども特別に身構える事はないという。
その南條監督は今年の初戦である福知山戦にエース・野間俊輔ではなく、背番号11番の前川逸を先発させた。前川なら福知山打線を3点以内に抑えてくれるだろうとの計算があったからだ。前川は6回を投げて失点は2点。南條監督の期待に充分に応える好投を見せた。だが誤算が1つあった。5点は取れるだろうと思っていた打線が沈黙し、8回を終えた時点で僅か1点しか奪えなかったのだ。

チャンスが全くなかったわけではない。2回にはこの回トップの島本が右中間を破る三塁打を放ち、ノーアウト三塁と先制のチャンスを迎えた。
この場面で南條監督は7番の山内に1-1のカウントからスクイズのサインを出した。サインを出しながら、「緊張しているからフライを上げるかもしれないな」と予感がしたという。
その悪い予感が当たってしまって、山内のスクイズバンドはファーストへのフライになってしまった。だがボールが上がった時点で走者の島本は三塁に戻っている。アウトカウントは1つ増えたものの、先制のチャンスは続いている。
ここで打席に入るのは先発ピッチャーの前川。その前川に、南條監督はもう一度スクイズのサインを出したのだ。カウントは2-3。バッテリーは絶対に外してこないとの確信が南條監督にはあった。
その確信通り、福知山バッテリーはストライクコースにボールを投げ込んできた。だがそのボールをスクイズにいった前川が空振りして三振。スタートを切っていた島本は三本間に挟まれ、あっという間に先制のチャンスが潰れてしまったのだ。
「いつもの前川なら最低でもバットに当ててくれるだろうと思っていた。あれを空振りするのが、初戦の緊張感なんですかね」

■2回、スクイズバンドを上げてしまった山内。
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試合はまだ序盤で、両校ともまだ得点は入っていない。だがこの2度のスクイズ失敗が西城陽ナインをプレッシャーでがんじがらめにし、体が錘に繋がれてしまった。
福知山のエース・石原はサウスポーだが、牽制もクィックもそれほど速くはない。南條監督は3回以降、何度も走者に盗塁のサインを出したが、誰もスタートを切らない。
「ベンチでどうして走らないんだと激を飛ばしても、どうしてか分からないけど走れないって選手は答えるんです」
普段なら簡単に出来る事がなぜか出来ない。初戦に強い筈の南條監督は、極度の緊張感に体が動かない選手達の姿を見て、これはまずい事になったと頭を抱えた。
1対1の同点で迎えた6回裏、好投の前川が1点を失って勝ち越しを許す。直後の7回表、西城陽は一死二塁と同点のチャンスを掴むが、代打の切り札である真砂、河原崎が打ち取られる。逆に8回裏、7回から登板したエース野間が1点を失い、リードを広げられてしまう。南條監督はこの時点で初戦負けを覚悟したという。
9回表の攻撃に入る前、南條監督は特に変わった指示は選手達に出さなかった。ただ1点差が2点差になったことで、この回の先頭である大西に、「お前がホームランを打っても追いつけないんだから、後ろを信じて繋いでいけ」とだけ言った。

■走者に伝令まで出して盗塁を指示しても、どうしてもスタートが切れなかった。
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このひと言が効いたのかどうかは分からないが、大西がライト前ヒットで出塁すると、それまでの沈黙が嘘のように打線が繋がり、この回だけで5安打を集中して一挙に試合をひっくり返した。
この見事な逆転劇の中で、南條監督はほんの一瞬、スクイズが頭をかすめたという。大西の後に末永が三塁打を放ち、1点差に迫った場面だ。
「スクイズが頭をよぎったのは確かです。でも2回の失敗があるから、ここでスクイズを出すと、必要以上に選手にプレッシャーを与えてしまうと自重したんです」
結果的にこの決断が功を奏し、西城陽は逆転に成功した。逆転した途端、畑がこの試合チーム初の盗塁を決めるのだから、いかに選手達が初戦の緊張にがんじがらめになっていたかがよく分かる。
「もう1度負けたんだから、失うものは何もない。次の試合はのびのびやれと選手達に言います」
高校野球で初戦の緊張から力が出せないチームはたくさんある。そして失うものは何もないチームが旋風を巻き起こすのも、高校野球ではよくある話である。
by kyotobaseballclub | 2010-07-16 21:45 | 第92回夏の京都大会
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